海外に行くのが当たり前になった今では、洋行という言葉が使われることはなくなった。だが、死語になったわけでなく、明治から昭和初期の海外渡航という特別な意味を持って、今後も使われるだろう。留学と言えばフルブライトでアメリカ一辺倒になる後の時代と比べれば、ヨーロッパ主体のこの時代は、当時の日本を知るためにも振り返る価値があると思う。
本書は、幕末から終戦前まで、主に明治大正の留学生を時系列に紹介している。夏目漱石、森鴎外は、まさに選ばれたエリートたちで、国家の運命を肩に背負って出かけているので責任も重い。永井荷風になると私費での渡航であって、趣きも変わってくる。いずれも後の文学史に足跡を残すもとになっている。
時代を下っていくと、渡航者の幅が広がっていって様々なタイプの人たちが現れる。金子光晴は、電波少年の猿岩石のような極貧旅行を家族連れでおこなったサバイバル派だ。薩摩治郎八の贅沢三昧の滞在は、ここまでくれば金を使うことでも文化をつくれるという見本を示しているようだ。
洋行という切り口で文化人たちの足跡をたどることで、日本の発展の舞台裏をのぞいている気分にさせてくれる本書。なかなか面白い文化史と言えるだろう。

