ロシア文学者で翻訳家の米川正夫の自伝。人間の記録というシリーズの一冊。
トルストイ、ドストエフスキーをはじめとするロシア文学の翻訳で名高い著者。とにかく話が面白い。著者には面白く書こうという意図はないと思うが、まるで漫談風の物語を読んでいるようだ。ここまで書かなくてもよいのではというエピソードも多い。色恋話がたびたび登場して、思わず苦笑してしまう。
文章には、著者の人柄が随所に感じられる。楽天家であることがうかがえるし、フットワークも相当軽い。簡単に職を変えたり、引っ越し経験も多数。ロシアから子供を預かってきてしまうなど、今では考えられないな。家族をはじめ周りの人たちは、大先生に常に振り回されていたのに違いない。
妻子をなくしたり兄弟に問題が起きたりと、家庭内の波風も相当にあったようだ。不幸があっても、それにめげずに飄々と乗り切ってしまう力強さもある。
文学活動は活発だが、ロシア文学そのものへの思いについてはそれほど語られていない。どんなときでも翻訳を続けていて、それが膨大な著作の誕生につながっている。なんとも不思議なライフスタイルのようにも感じる。
自伝というのは、割と鎧を着たような感じで書かれることが多い。それとは正反対で、著者の人間的な魅力を感じるのが本書だ。

