詐欺をはたらく男の悲しい物語。「道」、「カビリアの夜」とともにフェデリコ・フェリーニ監督の三部作として知られる作品。
神父になりすまして、貧しい人々から金を巻きあげるという悪行を繰り返す主人公。詐欺の手段に神を使うという卑劣な行為ができるのは、神を信じていないからだろう。無垢な娘が鏡のように自分の姿を映すと、ようやく自分の汚さを自覚するようになる。とどめは足の不自由な少女との出会いだ。彼女は不幸な境遇ながら希望を持って生活し、自分を女王のようにめぐまれているとまで言う。さすがにこの体験はアウグストに転機をもたらす。しかし、それでも金を靴に隠すようなまねをしてしまう。
彼は何が欲しかったのか。金か。金があればうまくいくのか。偶然、羽振りのよい友人宅のパーティーに招かれるが、そこでは金持ちたちのどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。疑心暗鬼の交友関係を見ると、金を持っただけでは、悪行を繰り返すことになるのではないのか。
アウグストが良心の呵責を覚えたのは、心の弱さが原因で悪行に手を染めていたからだろう。ただ、立ち直るには崖を登るような苦しさが伴い、自力では難しい。なぜ、彼は神の存在に気がつかなかったのだろう。神父を演じていたのに。皮肉なものだ。弱い自分を見守ってくれる神に助けを求めればよかったのに。

