
1986年2月発行。中原誠十六世名人による半生記。
将棋棋士による勝負哲学や人生論はいろいろと出版されているが、中原名人が棋譜を載せない本を出したのは珍しい。本書が出版されたのは、一度失った名人位を奪還した翌年にあたる。
冒頭に、五冠王から無冠になった当時、こういうことはいつか必ずあると思っていたので、それほどショックを受けなかったとある。むしろ、周囲が気を遣ってくれることの方がショックだったという。失冠さえも自然に受け止めるところは、さすがに自然流だ。
修業時代からの歩みがつづられているが、肩肘を張って頑張るといった気負いはあまり感じられない。ごく自然に最善を尽くすという姿勢が、一貫しているように思える。
この当時、『左遷の哲学』という本を読み、二つの教訓を得たという。一つは、自分なりのプライドを持ちながらチャンスを待つこと。もう一つは、普段の勉強を怠らないこと。無冠になったときに、こうした考え方ができるのは、やはり精神的な安定があってこそだろう。
勝負の世界に生きながら、勝敗に必要以上にとらわれない。一時代を築いた大名人の将棋哲学と、その人柄がうかがえる貴重な一冊だと思う。

