映画「ヒトラーのための虐殺会議」(2022)の感想。

ユダヤ人絶滅政策を決めたヴァンゼー会議の一部始終を描いた作品。会議を仕切るのはラインハルト・ハイドリヒ。そして出席者は事務方のトップと親衛隊の高官たち。

「関心領域」では収容所に隣接するナチス高官の家族の生活を描いていたが、こちらはより生々しく計画に携わった人々を描いている。家族たちは隔離されたような場所にいるので、無関心であるということはわからないでもない。しかし会議の出席者は直接手を下す側の人々だ。

会議は企業の会議のような状況で進む。部門間の縄張り争い、利権争いなどに絡む駆け引きは会議ではよく見る光景だ。だが、ユダヤ人抹殺ということについては、より婉曲的な表現でぼかされたまま議事は進む。誰もが何を意味するのかわかっていながら直接の言及は避ける。

一方で、直接作業にあたる末端の兵士たちのメンタルケアが議題にあがる。殺される側には何の配慮もしないのに、殺す側についてはしっかりとケア体制がつくられる。

何より奇妙な感じを受けるのは、ユダヤ人抹殺が前提条件として扱われ、誰も異を唱えないことだ。こういう状況から戦後になって、上官の命令に従っただけだという責任回避の言い訳が出てくる。

他人を喜んで殺そうという人はほとんどいないだろう。しかし、この会議のようなことは起こりえることだ。非人道的な行為というのはこういった状況で進むのだろうと思うと薄ら寒い。