NHK特集「勝負〜将棋名人戦より〜」の感想。中原誠名人対森雞二八段。

1978年の将棋名人戦中原誠名人対森雞二八段のドキュメンタリー。

挑戦者の森雞二八段が第1局に剃髪して現れ話題となった第36期将棋名人戦。1勝1敗の後を受けて、第3局は愛知県蒲郡市で行われた。5連覇中の中原誠名人と森八段との白熱の戦いを、対局室にカメラが入って、2日間の激闘の様子を伝える。

ナレーションはない。駒音、両者の息づかい、扇子を叩く音など、対局場の自然音とインタビューのみで構成される。

それなのに、対局の臨場感がすごい。これほど現場の雰囲気が画面をとおして伝わるのかと思うくらい。テレビのNHK杯でもここまでは伝わってこない。

対局者がお茶を飲んだりお菓子を食べたりするときの音や、関係者との雑談をする様子など、盤面以外のところの描写が現場の雰囲気を生々しく伝えるために効果的だ。

2日目夜の勝負どころでは、カメラは顔にフォーカスする。終局間際の緊迫感。記録係の秒を読む声と両者の読みふける表情。決して眼光鋭くにらみつけるような視線ではない。無限の手の中から次の指し手をさがす姿は、宇宙をさまよっているような雰囲気さえある。

2人のインタビューも個性がでていて面白い。発言は正反対。名人はどこまでも淡々としているが、挑戦者は勝つことに徹している。

素晴らしいドキュメンタリー。カメラでよくここまで将棋の世界を表現できたものだと思う。川端康成の小説に、囲碁の本因坊秀哉名人の引退碁を題材にした「名人」という名作がある。それに匹敵するような映像作品だと思う。

NHKBSP
NHK特集「勝負〜将棋名人戦より〜」
2022年3月1日18:10-19:00
(初放送1978年5月8日 NHK総合)