映画「大人は判ってくれない」(1959)の感想。フランソワ・トリュフォー監督。

1959年製作のモノクロ映画。フランソワ・トリュフォー監督

12歳の少年ドワネルは、苦痛の日々を送っていた。成績は悪く先生には叱られてばかり。家でも厳しい母親と義父とのあいだで、居場所を見つけることができない。家出をしたり盗みをしたりと、問題を起こすようになり、とうとう鑑別所に送られてしまう。

子供の視線で見た子供自身の世界を描いている。息苦しい毎日に飽き飽きして、ちょっと外れた行動をとるようになる。そして出来心で窃盗事件を起こす。子供の非行は周囲には重大な出来事であるが、少年にしてみればちょっとしたいたずらに過ぎない。

この映画では、親の愛情がないため子供が疎外感や孤独感を感じるようになり、それが非行に走らせたなどと、ありきたりの分析はしない。そして主人公を不幸な子供だと断じることもしない。そういう考えが子供を型にはめることになるからだ。一方で、子供を無垢で純粋な存在として祭り上げるようなこともしない。

子供は、その場の環境に順応しようとして生きていく動物のような感性を持っている。その自然な姿をそのままカメラにおさめている。それが大人の目から見るとみずみずしい世界に見える。

この映画で描かれているのは、誰でも子供の頃に感じた世界だ。それを改めて新鮮に感じること自体、昔の感性を失ってしまった大人であることの裏返しだ。