NHKBSドラマ アガサ・クリスティー「ABC殺人事件」の感想

凝ったタイトルバックで始まり、凝った原作をベースにして、凝ったドラマに仕上がっている。面白いが、かなり重い作品だ。

ポアロの元に届けられた殺人を予告する「A.B.C」という署名の手紙。地名と被害者の名前がABCの順序で連続殺人が起きる。発作持ちのセールスマンが犯行現場に現れ、犯人らしき行動をとる。最後は、ポアロの活躍で警察に逮捕される。

このエピソードも原作と違ったテイストだ。ポアロはよくある小太りの陽気なベルギー人ではなく、苦悩をかかえる往年の名探偵という人物像で描かれる。

そのうえ、新任の警部に毛嫌いされ、警察の協力を得られず、孤独な状況に追い込まれる。背景となるのは、外国人に対する排斥運動が激しくなる時代のイギリス。まったくのアウェイ状態のポアロ。そこに第一次大戦中のつらい過去が、トラウマとなって脳裏をかすめ続ける。

ミステリーの本筋はほぼ原作どおりだが、ポアロの持つ過去がストーリーに暗い影を投げかけながら話が進む。原作がよいので、ミステリーとして十分に楽しめる。ただ、それだけでは終わらない。

最後の犯人との朝食の場面で、ポアロの抱える闇が引き出される。犯人逮捕に生きがいを見つける探偵は、殺人犯と同類だという鋭い指摘を犯人から受ける。探偵と犯人は表と裏の関係。無慈悲に人を殺す犯人の反対側には、余興で殺人事件を取り上げる探偵がいる。名探偵が犯人をつくってしまうという自己矛盾。

悪いものを排除すればよくなるという考えは、あたりまえのように思える。だが、その考え自体が悪を生み出しているという指摘。排他主義批判という強烈なメッセージを今の社会に投げかけている。

ミステリーの枠を越えた作品。BBCはミステリーでここまでやってしまうのかと思う。

NHKBSプレミアム
アガサ・クリスティー ABC殺人事件
2019年7月13日 17:00-18:00
2019年7月20日 17:00-18:00
2019年7月27日 17:00-18:00