最近引退した青野照市九段による将棋と将棋界についてのエピソード集。
著者はタイトルには縁がなかったが、A級在籍11期、50代でA級在籍の戦績は、間違いなく一流棋士。だが、筆致は穏やかで謙虚だ。天才たちが集まる将棋界の内部を冷静な目で書き綴っている。
修業時代からの出来事は、やはり浮き世離れしたところのある世界だなと思わせてくれる。羽生世代以後、棋士には割とスマートな印象を受けるようになったが、それ以前は豪快が棋士たちが多く、将棋の天才ではあるが奇人変人の集まりという評が当てはまるエピソードだらけだ。将棋は勝ち負けを競うものであり、ふつうの人がはかりしれない世界であることがわかる。
著者は、上下の強い世代にはさまれて苦しい戦いを強いられた世代に属している。そういった日々の戦いの日々では、トップ棋士の個性は仲間内でも相当に光っているらしい。対局相手は、体感的な強さというものを感じるようだ。
一方で将棋界の行く末についての憂慮も数多く語られている。羽生藤井というスーパスターが出て、七大タイトルが八大タイトルになった。しかし、相変わらず将棋界は経済的には苦しい。トップ棋士の収入も、スポーツ界と比べるとこんなものかと思ってしまうくらいに低い。新聞棋戦に大きく依存しているという体制だけでは、苦しくなるのは目に見えている。新聞社の立場そのものが苦しくなっているのだから。
将棋界の裏表が知ることのできる興味深い本。おすすめ。