映画「落下の解剖学」(2023)の感想。

2023年製作のフランス映画。アカデミー賞脚本賞、カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞。

雪山の山荘に住む作家夫婦と視覚障がいのある子供の家族。ある日、夫が窓から転落死する。事故として処理されると思われたが、不審な点が浮かび上がり妻に殺人の容疑がかかる。彼女は無実を訴え続けるが、裁判を通じて夫婦の本当の関係が明らかになっていく。

関係者の証言に嘘があり、その矛盾点を捜査しながら事件解決に向かうというは普通のミステリーでよくあるパターンだ。この映画でも基本的には同じような構成に見えるが、その後の展開がちょっと違っている。

タイトルに”解剖学”とあるように、裁判で事件の真相がタマネギの皮を一枚一枚むくように細かく分析される。そして些細な矛盾から証言の信憑性が問題になっていく。ふつうのミステリーでは、ここまで精緻な分析を行われない。

その過程では必ずしも決定的な真相が解明されるわけでなく、わからないことも同時に浮かび上がってくる。過去を検証することは100%可能ではない。回想場面がないのはそういう意味がある。解明するための努力が解決につながらないというアイロニーだ。

子供を視覚障がある設定にしたのは示唆的だ。見えれば何もかもわかるわけではないことの暗喩だ。真実を追究する努力が、真実にたどりつけないことを証明することになるという皮肉な結果。着眼点がいい。

裁判では家族関係も白日の下にさらされる。妻は同性愛者であり、夫のアイディアを盗用していたり、他にも関係を持っていたりと。とっちらかり状態に陥って、妻への疑惑がを生むような展開になる。同時に、解剖をすれば元の体にもどせなくなるように、表向きの家族関係もご破算状態になってしまう。

妻役のザンドラ・ヒュラーがいい。妻として容疑としての顔を、刻々と変化する状況のもとで、うまく演じ分けている。