阿川弘之著「志賀直哉」の感想。

志賀直哉の末弟子である阿川弘之による評伝。1994年刊行。

志賀直哉本人は、後になっていろいろと掘り返されてはかなわないなと言っていたそうだが、まさにその通りの評伝になっている。本人についてはもちろんだが、周辺の人たちについても徹底的に調べつくしている。志賀直哉という人を知るための資料としては、間違いなく決定版と言えるだろう。

作品論についての記述は少ない。弟子が尊敬する師匠の作についてあれこれ書くのは不遜という認識なのかもしれない。ただ、「暗夜行路」については、徹底した読み込みを行っている。これも作品についての論評ではなく、実生活のどの出来事をモチーフにしてこの場面は書かれているといった作品の成り立ちについての推理だ。出来る限り調査を行い結論を導き出すという過程は、まるで名探偵の謎解きにも似ている。

志賀直哉は、自ら表に出るような性格ではなかったらしいが、自然と周りに人が集まってくる魅力があったようだ。弟子は多いが、具体的な指導をしたようなことはなく、自身の作品が弟子たちを導く役割を持っていたのだろう。また、作家仲間も多く、編集者たちとの交流も多い。時間をとられて閉口していることもあったようだが、人を受け入れる寛容さは終生変わらなかった。

それから経済的にはかなり恵まれていたようだ。名をなしてからもそれほど余裕があったわけではないと著者は述べているが、当時の庶民の生活レベルを考えればとてもそのようには見えない。若い頃の放蕩生活や、大家族を抱えてからの度重なる引っ越し、住居の新築などは財産あってのことだったのだろう。永井荷風も経済的自由があってこその作家活動であったと言っていたが、志賀直哉も同じだったに違いない。

単なるノンフィクションではなく、身近で秘書役も担った弟子であればこその力作だ。