NHK取材班「あの時、世界は… ―磯村尚徳・戦後史の旅」の感想。

1978年に放送された「NHK特集 あの時・世界は… 磯村尚徳・戦後世界史の旅」の9回シリーズをまとめた3冊本。

第1巻
・ ワルシャワの墓標
・マンハッタン秘密計画
・進め、デリーへ!
第2巻
・引き裂かれた聖地
・ファイサル王の決意
・ドゴールの挑戦
第3巻
・ケネディ対フルシチョフ
・フォン・ブラウンの執念
・アメリカの敗退

NHKスペシャルは最近も中身の濃い内容のものが製作されているが、このシリーズは50年近く前につくられたにもかかわらず、白眉の出来だ。分厚い3冊本はどれも読み応えがある。

驚くのは、NHKの圧倒的な取材力だ。世界を縦横に動き回り、当時の状況を掘り起こしていく。どうやってこんな取材ができたのだろうという第一級のネタが次々に登場する。英軍のヘリコプターに乗ってベルリンの壁の上を飛んだり、イラン革命の直前にパーレビ国王にインタビューしたりと、NHKならではの機動力が随所に発揮されている。

この当時は、まだ当事者や関係者が存命しており、直接得られた証言は生々しい。更に注目すべきは、この時代は冷戦の真っ最中であったということ。それぞれのテーマにその影響が見え隠れする。東ドイツから列車でポーランドに入り、戦後のソ連による非人道的な行為に踏み込み、鋭い質問をポーランド当局にする場面はその象徴だ。

焦点の当て方もいい。インド独立はガンジーでなくチャンドラ・ボース、原爆開発はオッペンハイマーではなくレオ・シラードを取り上げ、新しい見方を提示している。詳細な取材で浮かび上がる彼らの実像を考えると、なぜ今ではこうした人物が語られなくなったのか不思議に感じられるほどだ。

惜しいのは、中国、朝鮮半島など東アジアを取り上げていないこと。当時の情勢を考えれば、取材が相当に難しかったのであろう。

取り上げられたトピックスは、どれも世界史に大きな影響を与えたものばかりだ。これまでにも繰り返し取り上げられたし、今後も更に考察が加えられるだろう。だが、その時々の取材は古いものとして顧みられなくなりがちだ。本書の内容は時代の変化にも十分に耐えることのできるものであるだけに、埋もれてしまうのは残念だ。