渡邊文幸著「江戸っ子漱石先生からの手紙」書評感想

手紙で辿る夏目漱石の年代譜。作品以外の部分の文豪漱石の人となりが描かれる。

若い時代の正岡子規との交流があった頃は、坊ちゃんの主人公のように鼻っ柱が強く、血気盛んな面もうかがえる。

ロンドン留学時代はお金に苦労しながらも、家族を気にかける父親として優しさにあふれる手紙を送っている。家庭では怖い父と見られていたようだが、細々としたことまで妻に指示する内容は微笑ましく見える。

大学を辞して朝日新聞に入社した決断の裏にある、自由人として生き方を大事にする背景が語られている。博士辞退についての役所とのやりとりも面白い。

知人に送る手紙には、当時の国際情勢への意見も書かれている。中国の文化に敬意を払い、戦争に突き進む下地となる日英同盟についても論評もある。常に冷静な眼でニュースを見ていたことがわかる。

それから門下生たちへのあたたかい眼差し。人生の先輩として処世訓を送るだけでなく、ときには金銭的な援助もしていたそうだ。

もちろん文学者としての筋の通った覚悟に言及する手紙もあり、さすがに文豪と思わせる。

生身の漱石というは、本当に面倒見の良くて神経細やかで気配りのできる人であることがよくわかる。だから神経質で胃腸を病んだりしたのだろうなと思える。人間漱石が身近に感じられる本。おすすめ。