映画「華麗なる一族」(1974)の感想。佐分利信主演、山本薩夫監督。

1974年公開。山崎豊子原作、山本薩夫監督、佐分利信主演。

コンプライアンスの時代になった今では、考えられないようなどす黒い世の中が描かれている。野心家たちの権力欲のエネルギーが、政界、官界、財界の至る所に充満していた時代だ。

佐分利信演じる万俵大介がその中心。頭取である10位の都市銀行が上位銀行を飲み込もうという野心を持っている。家族はそのための閨閥作りに利用する。息子娘の伴侶には、政界や官界の有力者を選ぶ。欲望は家庭内にもあふれ、愛人を自宅に同居させることも平気でする。家族は鬱々とした気持ちを抱えるが、それに従わざるを得ない。家族間のぎくしゃくした関係も、すべて飲み込んだ怪物のような存在だ。

一方、万俵大介が手をのばす政界、官界、財界にも同じような怪物が生息している。権力争いのために政治資金を要求する大蔵大臣、自行の消滅など意に介さず自分の出世を目論む銀行専務。味方に取り込んだはずの娘婿の大蔵官僚は、出世のためなら反旗を翻すことなど何とも思っていない。挙げ句の果てに義父の愛人にまで手を出そうとする。そのしたたかさにはあきれる。それを知った万俵大介は、使える婿の悪事を不問に付してしまう。これも怪物たちの流儀だ。

仲代達矢演じる鉄平との関係は微妙だ。父は息子を万俵王国の重要な駒として扱おうとするが、その正統性に疑念を投げかける過去がある。不義の子であるかもという疑いが、息子へのつらい仕打ちとなる。自信の権力欲と親子の情の複雑な心理は、悲劇の結末へと導いてしまう。

とにかく迫力のある映画だ。登場人物たちをうまく描いていると同時に、こういったことが許された時代のエネルギーをうまく伝えている。